動きが意味すること

名フラダンサーが分かち合う フラという芸 術

文:
ローレン・マクナリー
写真:
ミシェル・ミシナ、クリ ス・ルッツ
訳:
チング毛利明子

ハウス・ウィズアウト・ア・キーで、今まさにショーが始まろうとしている。フラダンサーのカノエ・ミラーは、過去47年にわたり、ワイキキの海を目の前にしたハレクラニの芝生に設えられたステージで繰り広げられる、数えきれないほどのショーで人々を魅了してきた。だが、今宵彼女は、ワイキキからは太平洋を隔てた遥か彼方、台風が近づきつつあるハレクラニ沖縄にいた。

ショーが行われるハレクラニ沖縄の3階にある宴会場は、屋外よりも観客との距離がより近い空間だ。それを見た元ミス・ハワイのミラーは、いつもと違うショーにすることにした。「お客様にステージに上がってもらい、踊ってもらいましょう」と、バンドに声をかけた。

「お客様たちは、寛いでいらっしゃったわ。それが大切なことなの。人々と語らい、笑い、一緒に楽しむ。まるで誰かの家のリビングルームにいるかのように、お客様とフラを分かち合うのよ」。ショーの翌日、名護湾の紺碧の海を見下ろすホテルの部屋で休憩中のミラーが、Zoom越しに話してくれた。

プロのフラダンサーとして、30年以上の長いキャリアを積んできてはいたが、ミラーは自分がフラの権威だとはまったく思っていない。2009年にカピオラニ・コミュニティ・カレッジから、フラセミナーの講師の職を打診されたときも、最初は断った。「私はフラの講師ではないし、島には資格のある立派なクム・フラ(フラの指導者)がたくさんいるのに、なぜ私が?」

長年ワイキキで活躍するカノエ・ミラーが沖縄のビーチでフラを踊る。

実のところ同校は、ハワイのどのフラ・ハーラウ(フラ・グループ)にも属していないインストラクターを探していた。セミナーに参加する日本人のために、「中立的」な立場で、フラのアンバサダーとしての役割を果たせる人物を探していたのだ。「それでは、私のやり方で行う」ことを条件に、しぶしぶながら、ミラーはクラスを担当することに同意した。

彼女はそれから数か月を費やし、フラの技術だけでなく、手の動き、目の輝き、頭の微妙な傾きといった、踊りに意味と意義を与えるニュアンスを盛り込んだカリキュラムを作り上げた。「フラとはストーリー・テリングなの。心を開いてフラに向き合えば、自分自身の経験から物語を紡げるようになるわ」という。

それからの10年間、増え続けるファンのために、毎週のハレクラニでのショーの合間を縫って、ミラーは何度も来日し、ワークショップを開催した。しかし、コロナウイルス感染症の世界的流行を受け、フラショーやワークショップの場は失われてしまう。ならばと、ミラーは夫のジョンとともに、自宅のリビングルームにレコーディング機材、音響システム、スタジオ照明、70インチのテレビなどを持ち込み、バーチャルな世界でのクラス開催に乗り出すことにした。

ミラーの第1回目のZoomクラスが始まった。ところが、スクリーンに映し出されたのは、送受信や通信がスムーズに行われない不安定なインターネット接続を介しストリーミングされる音楽に合わせて踊る世界各地のダンサー達の姿だった。セッションを終え、生徒たちに別れを告げたミラーはスクリーンを閉じ、せっかく彼らが投資してくれたお金と努力を無駄にしてしまったと感じて涙を流した。

しかし、他に収入源もない夫婦はこの方法で何とかやっていくしかなかった。生徒たちが背後から彼女を観察し、動きについていけるようにとの配慮から、まずはカメラに背を向けて立つことにした。そして何よりも、「皆の動きがシンクロするのを期待するのではなく、一人ひとりを個々のダンサーとして見ることを学んだ」のだという。

2019年のグランドオープン か ら 4 年 後 、ミ ラ ー は 再 び ハレクラニ沖縄に招待され、 フラを踊った。
2年ものロックダウンを 終えてのステージ復帰は、 ミラーにとって感動的な ものだった。

一度に一人ずつの生徒に集中することで、指の位置がずれていたり、腰の動きが正しくなかったり、膝が十分に曲がっていない生徒がいれば、それを指摘する。だが、そうして一人の生徒に声をかけると、他の生徒たちも自らそれを正そうとすることに気づいた。そこで、個別に指導しているときは、他の生徒にはスクリーンを消すように指示し、出席しているすべてのダンサーへ気を配っていることを伝えた。若いエンターテイナーだった頃から、ミラーは話すときにしっかりとカメラを見据える癖がある。そして生徒たちにも同じように向き合った、まるで彼らの目を直接見つめているかのように。

約2年間のロックダウン期間中、彼女のパフォーマーとしての生活は、まるで記憶の彼方に押しやられたようだった。ミラーは新たな方法でフラに打ち込み、探求に没頭した。そして新しい振付を文書化し、録画したクラスのアーカイブを構築しながら過ごした。「車で2回ほどワイキキを通り過ぎることがあったけれど、ワイキキを恋しく思うことはなかったわ」と話す。

しかし、それはハレクラニが営業を再開し、ステージに立つという、あの慣れ親しんだスリルを感じるまでのことに過ぎなかった。「音楽が始まり、生のハーモニーを耳にしたとき、泣きそうになったわ。すべてが押し寄せてきたの。これが私なんだ。ここが私の居場所なのだって」

根っからのエンターテイナーであるミラー、現在は毎週土曜日と隔週金曜日にワイキキでフラを踊っている。そして、パフォーマンスの次に大切にしているフラのクラスも続けている。彼女は今でもクラスに多大な時間を割いているが、長きにわたり、各地の生徒たちとフラを分かち合う機会を育んできたので、今でもクラスはすべてバーチャルで行われているという。「フラを教えるということは、言葉を勉強し、それを表現する方法を生徒に教えるということ、 そしてその取り組みを通じてハワイの物語を分かち合うことなの」と、彼女はZOOM通話を締めくくり、今夜のショーの準備に入るのだった。