白い砂浜に穏やかな波が打ち寄せる伊平屋島。鮮やかなターコイズブルーの海では色とりどりの魚が珊瑚礁の間を泳ぎ回っている。その美しさから、日光浴やシュノーケリングを楽しむ人でにぎわっていても不思議ではないが、ここは違っているようだ。沖縄本島の運天港からフェリーで80分、1日2便(天候次第)という限られたアクセスのため、この静かな楽園を訪れる観光客はあまりいない。沖縄県最北端の有人島であり、人口は1,500人にも満たない伊平屋島の手付かずの浜辺には、今日も人の姿はほとんど見当たらない。
だが、それは是枝麻紗美さんの望んだ暮らしだった。かつては、東京でファッションスタイリストとして忙しく働いていた。今は、この島で昔ながらの民具作りに向き合う日々を送っている。スローライフを求めて東京を離れたのは10年以上前のこと。「東京の暮らしも好きでしたよ」とやわらかく微笑む。「でもファッション誌の仕事に追われて、毎日3~4時間の睡眠しかとれない日々が続いていました。本当に疲れ果てていて、そろそろ暮らしのリズムを変える時だと思ったのです」
活火山の桜島で知られる九州南部の都市、鹿児島市出身の是枝さんは、高校時代の親友に会うために、近くの屋久島へ頻繁に足を運んでいた。「あの島の生活にすっかり魅せられたのです」と説明する。「私はサーフィンが大好きで、タイやハワイのようにのんびりとした空気感をいつも楽しんでいました」。そのような彼女が次の暮らしの場に沖縄を選んだのは、ごく自然なことだった。



是枝さんが伊良部という小さな島に移住したのは2011年のこと。民宿を経営するために移り住んだが、島で生活するうち、次第に地元の伝統工芸に心惹かれた。「すぐ隣の宮古島を訪れた時、古い籠などが捨てられているのを目にしたのですが、作っている人はもう誰もいないことを知りました」。是枝さんは、沖縄の山や森のあちこちに自生するクバ(ビロウ)というヤシの扇状の葉で作られた伝統的なものや道具について思い返していた。「で、家に持ち帰って分解して、実際どのように編まれ、作られているのかを調べてみたのです」
葉が丈夫で水に強いため、クバは工芸用の素材として、また「御嶽(うたき)」と呼ばれる琉球の聖地とのつながりからも、大切にされてきた。本土のように神社や寺院が信仰の中心ではなく、沖縄には自然を崇拝する風土が息づいている。そのため、聖地に自生するクバも、神聖なものと考えられている。だが是枝さんは、そういった象徴性以上に、彼女の作る民具のシンプルかつ伝統的な実用性、そして地元の自然の産物であることを使い手に感じて欲しいと願っている。



伊良部島での5年間を経て、是枝さんがたどり着いたのは伊平屋島だった。穏やかで魅力あふれる島、そして森に覆われた山々が島の端から端まで14キロメートルにわたって背骨のように細長く連なる自然の風景。そこで、是枝さんは、さらに深い安らぎを見出したのだ。東海岸沿いに点在する小規模で静かな集落には、古くから続く地元の祭事が暮らしの中に息づいており、今でも米の豊作と泡盛の芳醇な醸造を願い、日々の祈りを大切にしている。
「種」「水」「土」「花」という4つの漢字から成る是枝さんのブランド名「種水土花(しゅみどか)」は、資源を循環させていく自然の営みを示唆しているという。彼女の作品は多種多様であるが、どれも身近な素材から丁寧に作られている。クバの葉は籠に、乾燥させた草はさまざまな用途に使われ、貝殻は魅力的な装飾品へと姿を変える。「地球に負担をかけず、役目を終えた後はいつか自然に還る、そんな実用的で美しいものを作ることが目標なのです」と、是枝さんは語る。




伊平屋島には、是枝さんの工芸に適した上質で丈夫な種類のクバが自生している。しかし、彼女が島に移り住んだ当初、このクバを使っていたのは、地元の年配の帽子職人ただひとりだった。今では、その職人と親しくなり、地元のおじさんたちと一緒に定期的に山へ出かけて、クバの葉を採集しているという。
それは、島全体の暮らしに通じる気風でもある。伊平屋では、文化そのものが自然のリズムと寄り添うように息づいている。若者たちは、進学のために10代半ばで島を離れるが、数年後には島の主要産業であるモズク漁に携わるために島に戻り、家庭を築く者が多い。この自然と繰り返される流れは永続的で、世代を超えて受け継がれる島の伝統と暮らしを支えてきたのだ。是枝さんにとって、そして島に住むほかの人々にとって、伊平屋の静かな魅力は、少なくとも今のところは、まだあまり知られておらず、とっておきの場所としてしっかりと守られている。


