伝統を重ねて

角萬漆器の器には、琉球漆器の伝統と時代を 超えた美しさ、そして現代の感性が静かに息づ いている。

文:
ローレン・マクナリー
写真:
ジェラルド・エルモア
訳:
松延むつみ

那覇にある角萬漆器の2階の工房で、家業である漆器店の6代目当主をつとめる嘉手納豪さんは、作りかけの大きな器を両手で持ち上げ、静かに揺さぶった。蓋と本体は別々に作られているにもかかわらず、2つのパーツはぴたりと噛み合い、ずれもせず、音ひとつ立てない。「歪みが少ないので、ぐらついたりカタカタ音がしたりすることもないのです」と嘉手納さんは話す。まだ仕上げの途中とはいえ、その緻密なつくりからは、120年余の歴史の中で同社が大切に守り続けてきた職人技が静かに伝わってくる。

工房のいちばん奥には、名高い角萬漆器社製の器となる木材が、ひっそりと出番を待っている。壁には、碗やコップ、小物を作るために用いるシタマキ(エゴノキ)という沖縄産の堅木の丸太が立てかけられていた。丸太の上の金属棚には、沖縄県の県木であるデイゴを厚めの輪切りにした木材が天井まで積み上げられている。デイゴは安定性があり歪みにくく軽量な木材なので、さきほど嘉手納さんが手にしていたような大ぶりの漆器を作るのにうってつけだという。隣の部屋では、若い職人がコップの素地に下地(下地塗り)を施している。そこから漆を7~9回塗り重ね、装飾と研磨の工程へ進む。「塗りの層を重ねれば重ねるほど、しっかりとしてくるんです」と話す嘉手納さんは、摩耗しやすい部分は布や紙で補強するのだと付け加える。形と使い心地のどちらにも細やかな心を注いで仕上げられる器は、ただ美しく眺めるだけでなく、日々の暮らしの中で実際に使用してこそ、その真価を発揮する。

かつて漆器の産地として栄えた那覇の若狭で創業した角萬漆器。

そのすぐそばでは、年配の職人が1枚の木板の上に身をかがめている。そこには、漆で繊細に形作られた何百もの小さな梅の花が並んでいる。綿棒を使い、花の中心に点々と薄い紅色の顔料を丁寧につけていく。こうして彩られた梅の花をいくつもの花器にあしらうと、琉球漆器ならではの美しさである錦織りのような浮き彫り模様が誕生する。

嘉手納さんによると、装飾模様にはそれぞれに込められた意味があるという。渦巻き模様は長寿と豊穣、瑞々しい果物や花は子孫の繁栄や家系の継承を表している。山河の風景を様式化した「山水」と呼ばれる伝統模様からは、東アジアの芸術と哲学が、この工芸に深く息づいていることが感じられる。

いまでこそ琉球漆器についての知識が豊富な嘉手納さんだが、昔から家業に興味があったわけではない。東京の音響機器メーカーに勤務、2008年の世界的金融危機を機に退職し、沖縄に戻って家業である漆器づくりを学ぶことにした。沖縄県の技術支援機関である工芸振興センター(当時は南風原にあった工芸技術センター)で漆工研修を終了。妻のゆかりさんも結婚後に同センターにて漆工研修を終了した。

約500年の歴史ある琉球漆器を継承する現代の職人たち。

「変え方は、ちゃんとしていきたいなと思っています」

嘉手納豪、 角萬漆器

「琉球漆器の世界に初めて触れた時、その認知度の低さに驚きました」とゆかりさんは振り返る。「そして、作り手も使い手も減っていて、このままではこの伝統工芸は途絶えてしまうのではないかと危機感をおぼえたのです。だからこそ、この伝統を継承していかなければという思いが強くなりました」

ゆかりさんは現在、 5年前に父の後を継いだ嘉手納さんと共に、角萬漆器を支える存在として欠かせない役割を担っている。夫妻は共に肩を並べて歩み、伝統工芸の継承だけでなく、現代における意義と価値を保ち続けるために、この老舗の新たな一歩を踏み出している。

那覇の工房階下の店舗には、角萬漆器が手がける商品がずらりと並ぶ。お重、お盆、蓋付きお椀、菓子器といった格式ある器のほか、最近では箸や手鏡といったカジュアルな商品も増えてきている。「もともと琉球漆器は主に贈答品や儀式用に作られてきました」とゆかりさんは話す。「けれども、これからは徐々に、日常使いするために購入していただける商品も展開したいと考えています」。ゆかりさんは、漆のジュエリーが並ぶショーケースを指差しながら「(この工芸は)もはや現代の生活様式には不要だと思われているのではないかと感じたのです。だから、琉球漆器をより多くの人に知ってもらい、共感してもらえることを願って、身近に使えるアクセサリーのデザインを始めました」と語った。

漆で模様を浮かび上がらせる技法は「堆錦(ついきん)」と呼ばれている。

同社はさらに、漆器をより手に取りやすい価格で提供できるように、素材選びや製造工程の見直しを進めている。「木材も漆も価格が上がっていく一方ですが、毎日使ってもらうものは高価になりすぎないことが大切です」とゆかりさんは語る。「手の届かない価格になっては、本末転倒になってしまいます」

それでも、角萬漆器は伝統を礎としたものづくりを貫いている。「変え方は、ちゃんとしていきたいなと思っています」と嘉手納さんは話す。「琉球漆器を琉球漆器たらしめているのは、技術と素材と技法です。それを守りながら、それ以外を変えていくっていうのが、自分たちの変え方なのかなと思っています。大切な土台はそのままに、これからも制作を続けていきたいのです」