おおきな木

ハレクラニのシンボル、130年にわたって豊か な歴史を見守るキアヴェの木

文:
レイ・ソジョット
写真:
ウェイン・レビン
訳:
島有希子

1887年、3歳のフローレンス・ホールさんは、父親のウィリアム・ホールさんと、ハレクラニの芝生に刺のない小さなキアヴェの苗を植えた。海辺でのささやかな植樹のセレモニーは、フローレンスさんが生まれた建物のすぐ外で行われた。それから一世紀が経ち、苗木は大樹に成長した。太陽と潮風によって造形された枝と、葉が織りなす繊細で美しい格子模様の樹冠が、空に向かって大きく手を広げている。この木はハワイ併合から、2つの世界大戦、観光ブーム、ハワイ文化のルネサンスに至るまで、時代の移り変わりとともにあらゆる出来事を目の当たりにしてきた。100年以上にわたって、この場所を訪れる人々のさまざまな思いや会話、祝い事をすぐそばで見守ってきたキアヴェの木。ホテルのスタッフが「グランドレディー(大きな貴婦人)」と呼ぶ、壮厳たる木は今なお、多くの人々の心に、魅惑の楽園の光景として残っている。

ところが2016年8月21日の早朝、雨も風もない静けさの中、樹齢129年のキアヴェの木が倒れた。それは海岸沿いの歩道の柵とハウスウィズアウト ア キーのステージのちょうど間に、誰も傷つけることなく倒れていた。不思議なことに、倒れた瞬間を見た人は一人としておらず、監視カメラに残された映像には、それまでまっすぐ立っていた木が、ある瞬間突然、疲れた体を休めるかのように、静かに地面に横たわる姿が写っていた。

樹木医の勧めにより、作業員たちは露出した根を濡れた麻袋ですばやく覆い、枝を切り落とした。以来、根は再生され、柔らかい新芽が空に向かって伸びつつある。歴史あるキアヴェの木は、今もハレクラニの栄光とエレガンスのシンボルであり、生ける宝として、このホテルを見守り続けている。

1930年代にハワイ諸島でひと月を過ごしたシカゴ在住のアニー・ア イロンズさんは、その冒険について、写真や切符、冊子などとともに、手 書きの詳細な文章で綴っている。この時、アイロンズさんの目にとまっ たハレクラニのキアヴェの木は、彼女の写真のコレクションに写ってい る。「ある日、ハレクラニの芝生に座って空を見上げたら、レースのよう に美しい模様が広がっていました。それに感動して、おもわずカメラを 向けたのがこの一枚です」

豪華クルーズ船のSSルーラインに乗船し、ハワイに到着した16歳の トニー・グッドさんにとって、そこは青春と夢の楽園だった。グッドさん の家族は頻繁にハワイを訪れては、数ヶ月単位の滞在を楽しんでい た。ハレクラニの芝生でカクテルパーティを催し、優雅なフラのパフォ ーマンスを堪能したものだった。あれから60年が経った今、この木を 初恋の象徴だというグッドさんは「、この木の後に隠れて、毎日のよう にマモ・ハウエルさんの踊るうっとりするようなフラを眺めていました。 彼女は私が今まで見た中で最も美しい女性でした」と告白する。それ から何年も経って、父親が滞在中に撮ったスナップ写真を見つけた彼 は驚いた。そこにはエレガントなステップを踊るハウエルさんの後方で キアヴェの木の陰から恋する眼差しを向ける一人の若者、グッドさん の姿が映っていた。

1953年からハレクラニのハウスキーピングを勤めたリチャー ド・カスティーヨさんは、「以前、客室の掃除は男性の仕事でした」と言 う。50年代の終わり頃、夜のシフトだった彼はホテルで演奏するミュー ジシャンたちの側で仕事をしていた。マリンバや木琴、野鳥の歌声とい った熱帯のジャングルを思わせるアップビートな音楽で群衆を魅了し た伝説のエキゾチカミュージシャンのアーサー・ライマンさんもその一 人であった。カスティーヨさんは、ライマンさんの楽器の片付けを手伝 っていた。「彼はとても人気のあるアーティストでした。あの木のすぐ下 で演奏していました」と当時を思い出して語るのは、今年で86歳のカス ティーヨさん。

ハレクラニの歴史とともに歩み、ハワイアン音楽やフラやカクテ ルといった伝統のシンボルであり続けるキアヴェの木。沈みゆく太陽が あたり一面を金色に染める夕暮れ時にはことさら美しい。有名なフラ ダンサーで、40年にわたってこの雄大な木の下でフラを踊っているカノ エ・ミラーさんは、この木に特別な思いを抱いている「。この木はいつの 時代もこの場所に立ち、海辺の音楽やダンスを美しく縁取ってくれまし た。背景にダイアモンドヘッドと夕日、海の広がるこの美しい景色は、誰 もの記憶に残っています。このキアヴェの大樹には、人々を魅了させる 優美さがありました」

ラ メールのバーテンダーのヘンリー・カヴァイエアさんがキアヴェの 木に想いを馳せる時、真っ先に頭に浮かぶのは音楽だという。カヴァ イエアさんは歴史薫るホテルの本館2階から見えるその特別な景色 を30年以上にわたって楽しんできた。月光に照らされて光るダイアモ ンドヘッドとステージ照明によって内側から柔らかな光りを放つキア ヴェの木の創り出す幻想的な景色だ「。私は幸せ者です。何年もの間、 ここで多くのアーティストの音楽を聴くことができたのですから」とカ ヴァイエアさん。かつてのカハウアヌ・レイク・トリオや、現在のプウホヌ ア・トリオのようなアーティストが毎晩奏でる美しいハワイアン音楽の 音色は、今もカヴァイエアさんのいる本館を抜けて、モザイクのような 満天の星空へと届いている。

この8月、芸術写真家のウェイン・レヴィンさんは3日間にわたり、ハレ クラニのキアヴェの木を大判のフィルムで撮影していた。「フィルム写 真はシャッタースピードが遅いことから、被写体によっては向き不向き があります。この木を撮るのにフィルムは理想的でした。動かずずっと そこにある木は、時間をかけて一枚一枚丁寧に思考プロセスを重ねて 撮影するほうがいいからです」というレヴィンさん「。現実という概念を 疑うような少し異なる視点を持った、心に響く写真を撮りたいと常に 思っています」