西表島には不思議なエネルギーが流れている。巨大な密林や鬱蒼としたマングローブの林、何キロメートルも続く砂浜の海岸線、曲がりくねった入り江、手つかずの珊瑚礁といった風光明媚な自然景観には、人を惹きつけてやまない魅力がある。このような未開発の土地が島全域に広がっていることを考えれば、琉球文化と自然が切っても切れない関係にあるのは当然のことと納得できる。住民の高齢化や、中国やアメリカそして日本による文化的支配を乗り越えてきた長い歴史にも風化されることなく、西表島にはいまも琉球文化が深く根付いている。
島へのアクセスが石垣島からの船かフェリーに限られるのも、秘境感を高めている。私は2017年と2023年に文筆家兼写真家としてこの島を訪れ、限られた経験ながらも、実際に訪れた者のみが肌で感じることのできる隔絶感を呼び覚まそうと試みたが、この島のことを完全に把握するには数回訪れただけでは足りないようだ。ポーランド生まれの写真家、キャローラ・メッチが初めて沖縄を訪れたのは2016年。西表島のもつエネルギーに自分との直接的な繋がりを感じたメッチは、そのまま西表島に住み着き、島をテーマにした写真を撮り続けている。
「訪れてすぐに西表島が大好きになりました。ここだ! この島が私の居場所だ、と感じたのです」とメッチは振り返る。「滞在最終日に、WWOOF(世界中の有機農場に無償で滞在しながら農場を手伝いたい人と農家を繋ぐサイト)について知り、『これは完璧だ』と思いました。3か月間島に滞在して、地元の人々と一緒に暮らし、自由時間には写真を撮れるのですから」
写真家のキャローラ・メッチが撮影したスディナのディテールシ ョット。スディナは西表島をはじめ八重山諸島の女性が祭りで着 る伝統衣装。
結婚を機に2019年に日本に戻ったメッチは、現在は西表島の星立という小さな集落に住み、島を訪れる旅行者のための文化ガイドとして働いている。より伝統的な島の生活を送ることで、大切な思い出をいくつも作れたと話す。北海道生まれの夫と共に、稲作に挑戦したこともあった。「夫が隣家のおじいちゃんから田んぼを借りたのです」とメッチ。「島の文化では、米が重要な地位を占めています。稲を脱穀する機械はありますが、耕作はすべて手作業です」
自身がガイドを務める体験ツアー「カルチュラル・ウォーク・イリオモテ」で旅行者を案内していないとき、メッチは西表島の文化や伝統そして人々を記録するために、島中を飛び回っている。地元住民として地域社会に貢献している彼女は、西表島や周囲の八重山諸島そして宮古島で行われている琉球古来の民間儀式や祭典に参加することを許されている。
この記録プロジェクトは現在も進行中で、その内容は彼女が島に長く住むにつれ充実し続けている。琉球における信仰の本質を探求したいという願望から、初めのうちは西表島の宗教儀式をカメラに収めていたメッチだが、徐々にインタビューや歌そして自然界の音の録音など、さまざまな媒体を使って、宗教以外の島の生活についても調査するようになった。「沖縄の宗教は女性主導の母系制のため、最初のコンセプトは沖縄社会における女性の役割についてでした。けれども調査を続けるうちに、このプロジェクトは失われつつある琉球語や西表方言など、より多くの様相を含むようになりました」とメッチは語る。「とはいえ、いまでも私は古くて美しい琉球の宗教に魅了されています。すべてにおいて直感的に、自分が興味をそそられることに素直に従うようにしています」
長期的なドキュメンタリー写真の撮影は、本質的に成果を得られるまでに時間がかかるものだが、ローライフレックスという昔の二眼レフカメラとアナログフィルムを使用するメッチの場合は、さらに手間がかかる。「初めて暗室に入ったときの、赤い光と滴る水のことをいまも覚えています。静かで暗くて、化学薬品の匂いが漂っていました」とメッチは語る。「現像液のトレイに浸した印画紙から、複雑な写真が浮き出てくるさまは魔法のようでした」
彼女の写真の一枚一枚には、多大な労力と時間が投じられている。それは、写真家が自身の芸術的ビジョンを信じ、光と勘を頼りに、ある瞬間を表現しようとする行為にほかならない。「いまはシアノタイプ(青写真)を制作するときに、(初めて暗室に入ったときと)同じような気持ちになります」とメッチは語る。青写真は、感光性の化学薬品を使用して独特の青い色合いのモノクロ画像を作り出す19世紀の印画技術だ。「青写真用の薬品で感光紙を露光した後、水に浸すと画像が現れます。青写真の魅力は、一枚一枚が異なり、出来上がりがどのようになるか予想がつかないことです」
とくに西表島のような場所ではそうだが、アナログ写真の制作には、しばしば代償が伴う。彼女が何年もかけて記録し、永遠に残そうとしている島の祭式や宗教的儀式への入り口となる貴重な画像は、決して失いたくないものだ。だが、「アナログ写真はデジタル写真よりもはるかに厄介なのです」とメッチは語る。「ネガフィルムは、カメラに装填するときや取り出すとき、保管時、現像時にも感光してしまう恐れがあります。また、空港のX線検査や、台風でフィルムを保管していた冷蔵庫が停電して駄目になることもあります。現像中にミスをすると、それこそ取り返しのつかないダメージを被ります」
このように予測のつかない媒体特有の課題はあるものの、西表島での創作活動の方向性を再認識する瞬間もあり、すべての要素が形になると、さらにやりがいを強く感じられるという。メッチが西表島のクラフトマーケットで初めて青写真を展示したとき、一枚の写真を見た沖縄の老人が泣き始めた。シアンブルーのその写真には、司(沖縄の巫女)が祈りを捧げる姿が写っていたが、その老人の母親も生前そうやって祭祀をとり行っていたのだという。「彼女の涙は、私にとって最高の賞賛でした」とメッチは語る。「ここで私がやっていることは、意味があるのだと気づかせてくれたのですから」